専門医の処方する漢方
漢方薬と聞くと町でみかけるあやしげな精力剤のポスターを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。漢方薬の販売は薬剤師でなくとも登録販売者であれば可能なため、様々な民間療法といっしょになってどこかあやしい雰囲気のする治療のように思われてきました。しかし現在では漢方医学は医学部の教育カリキュラムにおいて必須科目となっており、WHO(世界保健機構)も漢方薬の有効性を認めています。さらに最近では漢方専門でない医師も葛根湯や芍薬甘草湯などを処方することが多くなってきました。
では漢方専門医の処方する漢方薬は専門外の医師が処方する漢方や薬局、薬店の漢方とは何が違うのでしょうか?
答えはまったくの別物です。なぜなら…
漢方医学は病名で治療するのではなく、患者さんを実際に触れて感じて治療する医学です。具体的には西洋医学と全く異なる脈の診察、舌の状態の観察、腹部の触診、手足のツボや経絡と呼ばれるエネルギーの通り道の状態の触診をおこなって、それに問診で患者さんから教えてもらった情報を加味して一から漢方薬を調合するのです。これには中国の漢代から清代に至るまでの漢方医学のたゆまない学習と、西洋医学の研究や診療で培った知識と治療の経験が絶対的に必要です。この両者をベースとして専門医は日々診察技術の研鑽を行うのです。
薬剤師や登録販売者は実際に患者さんに触れて診察したり診断を行うことが法律で禁止されています。そのため患者さんの体の状態を正確に把握することは難しく、多くの場合は病名や症状にあてはめることで推測で薬を勧めるようになります。漢方医学は西洋医学のようにこの症状や病気にはこの薬というような決まりはなく、同じ症状でも患者さんによって少しずつ違う薬を処方することがほとんどです。これはちょうど自分に似た顔の人はいても誰一人としてまったく同じ顔の人がいないのに似ています。双子でさえもわずかに違うのですから!
このような、完全なるオーダーメードの漢方薬を処方するためには、量の調整に加えて、漢方薬を構成している生薬を必要に応じて新たに加えたり、除いたりしなければなりません。これは医師のみに許された医療行為であり、薬局や薬店などでは基本的には禁じられている行為です。そのため自分にぴったりなオーダーメード漢方の処方は、保健医療機関で漢方専門医の診察処方を受けることでのみ得られる特権ともいえるのです。
私は麻酔科医として救急に携わり、さらには老人保健施設で終末医療に携わってきました。このような人の生死にかかわるような状況において西洋医学のみでなく漢方医学的にも診療をおこない分析することで、技術、経験、知識が培われてきました。これは修羅場をくぐった人間ならではの職人技ともいえるもので、漢方相談をおこなっている程度では身につくものではありません。
また漢方治療の診察には鍼灸の知識と技術が必要で、たとえ漢方薬の勉強をいくらおこなっても鍼灸と漢方薬の両方を理解している医師の診察とは天と地ほどの差が出ます。私は病院を辞めて実際に鍼灸師に弟子入りすることで三年間を鍼灸の修行に費やしています。これらの経験を統合して処方される漢方薬はまさにトカゲ堂ならではのオンリーワンと言えるでしょう。